不識庵の基本理念と研修体系

不識庵は、哲学、歴史、文化、宗教、倫理などリベラルアーツ教育を通じて、大手企業の経営幹部の皆様が、人類文明の内実と世界の現状に対する理解を深め、以てより深みのある歴史観、大局観、人間観を確立できるよう支援するための研修機関として設立されました。経営のグローバル化が進むにつれ、世界の人々との意思疎通が重要性を増していますが、リベラルアーツを通じた人間についての「学び」は、異文化間の相互理解を深め、私たちのコミュニケーション能力を高めるうえで有効です。もとより、ビジネストークにおいても、実はこのようなコミュニケーション能力は取引相手との相互の信頼関係を醸成し、互いに尊敬し合える人間関係を構築するうえでも重要な役割を果たすと考えられます。

不識庵の役割とは、いわゆる狭義における経営スキルを教えるのではなく、リベラルアーツ教育を通じて、経営幹部の皆様が人類文明のたどってきた歴史をたどりながら、人間存在の意味を理解し、「物事の本質」を見極めることができるようになる「場」を提供することです。

我々の前には、「人間とは何なのか、動物とどこが違うのか」「会社は何のために、だれのために存在するのか」「AIにおける『深層学習』は人間の世界認知構造にどのような影響を与えているのか」「遺伝子組換えによる『人間改造』はどこまで許容すべきか」などなど、容易に答えの出ない問題が山積しています。これらの答えの自明ではない諸問題に対して目をそらすことなく、問いを立て続けていくこと、これこそ、リベラルアーツを学ぶ際に求められる基本的な姿勢であるべきです。

不識庵の名前の由来は、禅宗の始祖、達磨大師の教えにあります。達磨大師は手足がもげるほどの厳しい修行をしたことで知られるインドの高僧ですが、6世紀の初め、中国にわたり、梁の皇帝に面会します。その時の会話です。

皇帝「朕に対する者は誰ぞ(私の前に居るあなたは誰だ)」

大師「不識(知らない)」

私たちは「自分は何者であるか」知っているつもりになっていますが、実はそれは自明ではありません。「自分が何者であるかはわからない」と謙虚に答えた達磨大師。このような認識こそ「学び」の基本になければならない。「物事の本質」は表面的な知識や思い込みだけでは「識り得ないもの」(不識)であり、厳しい修行によってはじめて体得できるものです。こういった考えから「不識庵」という名前が付けられました。不識庵における「修行」は、もちろん禅の修行とは異なりますが、哲学や歴史、文明論、文化芸術など、それぞれの道を極めた専門家との知的な対話、人間的な交わり、塾生間の切磋琢磨、広範な読書と日常的な思索の習慣などを通じて、「物事の本質」を見極める力を養っていただくという内容になっています。

不識庵は、前身の組織を含めると、これまで22年にわたり、基幹講座である「不識塾」をはじめとして、多様な研修プログラムを提供してまいりました。「不識塾」の修了生だけで600人程度、そのほかの研修プログラムの修了生の数は少なくともその数倍に上っております。そして、不識庵の修了生の多くが、大手企業の経営者や経営幹部として活躍されています。彼らにとって不識庵のリベラルアーツ研修がどの程度役に立ったのか、それを統計的に実証することは容易ではありませんが、こういった方々がしばしば口に出されるのは、「あれはきつかったけれども楽しかった」「あの研修がなければ今日の自分はない」などといった言葉です。お世辞半分としてもありがたいことです。

不識庵は、それぞれの分野における最高級の研究者、専門家、経営者の皆様の支援を得ながら、これまで長年にわたって蓄積してきたリベラルアーツ教育の経験を生かし、世界に通用するグローバル経営者を一人でも多く日本から輩出すべく、微力ながら貢献していきたいと考えております。皆様方のご支援とご理解をお願いいたします。

なお、不識庵の階層別研修プログラムの体系は以下の通りです。それぞれの研修内容については下記のリンク先をご一読ください。

株式会社 不識庵
代表取締役 中谷 巌

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