不識塾
2017年11月21日

「カミ信仰―国民精神の深淵」講師:菅野覚明先生(東京大学名誉教授・皇學館大学文学部神道学科教授)

講 師:菅野覚明 東京大学名誉教授・皇學館大学文学部神道学科教授
テーマ:「カミ信仰―国民精神の深淵」

 

 宗教”Religion”という言葉の語源はラテン語で「大いなるものに恐れを抱くこと」を意味する。これはまさに「神道そのもの」といえる。すべての時代の神道の基盤には古神道(神=自然への崇拝)があり現代日本人の日常生活、考え方の根底、基盤になっている。 塾生からは神道の歴史とともに、「神」「共同体」その間を取り結ぶ「祭り」がどのように絡み合いながら日本人の精神構造へ影響を与えてきたかについて発表があった。
 今回はゲスト講師に菅野覚明先生をお招きした。
 世界で文明に出会い潰れなかった原始信仰はなかったが、日本の神道は飛鳥時代に自然崇拝の原始信仰レベルを脱し、文明と結合してある種の変化を成し遂げた。神道が亡ばなかったのは天皇の存在と決定的に係わる。
 ヨーロッパでは理性に対し「非理性」が皆「他」になり、理性的な秩序がないもの、異常を排除する論理が働く。他方、日本のカミ信仰では変なものがカミである。本居宣長は「可畏き物(異様なもの)」をカミとし、柳田國男は、「祖霊(御先祖様)」がカミの原型であると考えた。
 人間共同体の外部は一般的にカミの領域だ。岩手県の遠野は日本という共同体の原風景「山々に囲まれた平地」である。『遠野物語』では山の中に入ると共通して、何か変なものに出会って怖い目にあうというお約束がある。そのお約束を了解している範囲が日本という共同体といえる。
 菅野先生からは、日本人の自己定立(共同体が定義されるための条件)、内と外、自分と他の関係、そして『遠野物語』の事例を通してカミのイメージ・あらわれ方・あらわれる場所等、日本人が超越的なものをどう捉えてきたかご講義いただいた。

 (中村真理)

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